競争優位は、戦略ではなく“前提条件”で決まる

コダックは、世界で最初にデジタルカメラをつくった会社でした。それでも潰れた理由から、競争優位がどこで生まれるのかを考えます。
山口偉大 2026.09.28
誰でも

ある支援先の会議で、マーケティングと営業の意見が、ずっと噛み合わなかったことがあります。

議題は、次の四半期の施策でした。マーケが案を出すと、営業が首をひねる。営業が代案を出すと、今度はマーケが黙る。どちらも筋は通っているし、どちらも会社のためを思って話している。それなのに、1時間たっても、話が一歩も前に進まない。

最初は、施策の良し悪しで揉めているのだと思っていました。

でも、話を聞き直していくうちに、少し違うことに気づきました。両者は、同じ顧客について、違う前提を置いていた。 顧客がどう動き、何にお金を払い、会社のどこを評価しているのか。その「当然」の部分が、部門ごとに少しずつずれていた。

前提が違えば、同じ情報を見ても、正しい答えは変わります。だから施策の議論を何度重ねても、噛み合うはずがなかったんです。

この一件から、ずっと考えていることがあります。戦略の良し悪しを議論する前に、その戦略が何を当然としているかを確かめたほうがいい。競争で差がつくのも、実はそちらなのではないか、と。

今日はその話を書きます。

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会社は、3つの前提の上で動いている

「前提」と言うと曖昧になるので、定義を借ります。

ピーター・ドラッカーは1994年、ハーバード・ビジネス・レビューに「事業の定義(The Theory of the Business)」という論文を書きました。その冒頭で、彼はこう問いかけています。うまく経営されてきた大企業が、なぜ次々と行き詰まるのか。

彼の答えは、少し意外なものでした。仕事の出来が悪いからではない。間違ったことをしているからでもない。多くの場合、正しいことをしている。ただ、実りがない。 原因は、組織が築かれ運営されてきた前提が、もう現実に合っていないことにある、と。

そのうえでドラッカーは、どの組織も3つの前提の上で動いていると整理しました。

環境についての前提。 市場、顧客、技術、社会がどうなっているか。これが、組織が何に対して対価を得ているかを決めます。

使命についての前提。 自分たちは何のために存在するのか。これが、何を意味のある成果とみなすかを決めます。

中核能力についての前提。 使命を果たすために、どこで卓越していなければならないか。これが、リーダーであり続けるための条件を決めます。

この3つを、戦略の手前に置いてみてください。戦略とは、この3つの前提の上で行う計算です。前提が合っていれば、計算は実を結ぶ。前提がずれていれば、どれだけ計算が正確でも、答えは現実からずれます。

冒頭の会議でいえば、マーケと営業は計算の仕方で揉めていたのではありません。計算に入れる前提の値が、最初から違っていた。

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同じ前提を置けば、同じ答えになる

この見方をすると、競争についても、ひとつ見えてくることがあります。

同じ業界の会社は、たいてい似た前提を置いています。業界の常識と呼ばれるものです。この市場の顧客はこう動く。この業界ではこれが強みになる。そういう前提を、競合同士で共有している。

同じ前提の上で、同じくらい賢い人たちが計算すれば、答えは似てきます。戦略の精度が上がるほど、むしろ似てくる。

そうして同じ戦略に収束した会社同士は、最後は価格か、規模か、スピードで勝負するしかなくなります。どれも体力勝負で、差がついても長続きしにくい。

逆に言えば、長く続く差は、他社と違う前提を置いたところから生まれやすい。

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マークス&スペンサーは、「仕入れる」前提を置かなかった

ドラッカー自身が、この論文のなかで挙げている例があります。イギリスの小売、マークス&スペンサーです。

1920年代初め、第一次世界大戦を経て、イギリスの階級構造は大きく揺らいでいました。そこで同社の創業者たちは、ありふれた安売り雑貨店を、社会を変える担い手にしようと決めます。これが環境と使命の前提です。

そして1930年頃、同社は自分たちの中核能力を定義し直しました。商品を仕入れる力ではなく、自ら商品を見極め、設計し、開発する力だ、と。

当時の小売にとって、得意であるべきは「買う力」でした。良い問屋を見つけ、安く仕入れ、並べて売る。それが業界の当然だった。マークス&スペンサーは、そこに違う前提を置いた。

ドラッカーはこれを、3つの前提が現実に合い、しかも互いに噛み合っていた例として挙げています。変わりゆく社会という環境、階級を問わない小売という使命、自ら商品をつくる中核能力。この3つが一本の線でつながっていた。

注目してほしいのは、この差が戦略の巧拙ではないことです。仕入れの上手さを競っていた他社に、同じ土俵で勝ったわけではない。そもそも別の問いを立てていた。

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業界が同じでも、差がつく部分のほうが大きい

「でも結局、どの業界にいるかで儲かるかどうかは決まるんじゃないか」と思う方もいるはずです。この問いには、経営学が何十年も取り組んできた研究があります。

マイケル・ポーターらが1997年に発表した研究では、アメリカの上場企業の事業ごとの利益率のばらつきを、要因ごとに分解しています。業界による要因が説明したのは約19%。一方、個々の事業に固有の要因は約32%でした。それより前、リチャード・ルメルトが1991年に発表した研究でも、業界の影響は小さく、事業単位ごとの影響が非常に大きいという結論が出ています。

つまり、同じ業界にいても、会社ごとの差のほうが大きい。

ただ、ここは正直に書いておきます。研究は「事業に固有の要因」の中身が何かまでは特定していません。そこに各社がどんな前提を置いたかが含まれている、というのは僕の解釈です。

それでも、この数字は一つのことを教えてくれます。業界の常識をそのまま受け入れて戦う限り、差をつけられる余地は、思っているより小さい。差がつく部分の多くは、業界ではなく、その会社が何をどう当然としているかの側にある。

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部門ごとに前提を持ち、1つずつ更新されて、ねじれる

では、なぜ会社は前提を見直せないのか。ここからは、守りの話です。

冒頭の会議に戻ります。

マーケと営業が噛み合わなかった理由を、ドラッカーの3つの前提で眺め直すと、構造が見えてきます。会社の前提は、実は一枚岩ではありません。部門ごとに、違う前提を抱えている。

しかも、前提は部門ごとに、別々のタイミングで更新されます。

たとえば、市場調査をすれば、環境についての前提は新しくなります。でも、その結果が使命や中核能力の前提にまで反映されることは、ほとんどありません。環境の前提だけが最新になり、ほかの2つは何年も前のまま据え置かれる。

ドラッカーは、有効な事業の定義の条件として、3つの前提がそれぞれ現実に合っていることに加え、3つが互いに噛み合っていることを挙げていました。

僕が現場で見てきた限り、実際に多いのは、前提が丸ごと古くなるケースではありません。1つだけ更新されて、ほかと噛み合わなくなるケースです。環境は変わったと分かっている。でも「うちが得意なのはこれだ」という前提はそのまま。そのねじれの上で戦略を立てると、どこかで必ず無理が出ます。

冒頭のマーケと営業も、おそらくこれでした。どちらかが間違っていたのではなく、それぞれが違うタイミングで、違う前提を更新していた。

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コダックは、知っていた

前提を変えられなかった会社として、よく挙がるのがコダックです。デジタル化を見誤って潰れた会社、と語られることが多い。

でも、事実を並べると、話は少し違って見えます。

世界で最初のデジタルカメラをつくったのは、コダックでした。 1975年、同社のエンジニアだったスティーブ・サッソンが開発しています。変化の兆しは、社外ではなく、社内から生まれていた。

それでもコダックは、2012年1月、経営破綻に追い込まれます。ウォートン・スクールの分析は、コダックを「未来を見ていながら、どうすればいいか分からなかった会社」と表現しています。

コダックが変えられなかったのは、技術ではありません。ドラッカーの言葉でいえば、何に対して対価を得ているかという前提でした。フィルムを売り、現像で稼ぐ。その前提があまりに強く、あまりに長く機能していたから、目の前の発明がその前提を壊すものだと分かっていても、手放せなかった。

同じ崩壊に直面したのが、富士フイルムです。同社のトップはインタビューで、2000年を境に写真フィルム市場が縮み始め、需要は年に2〜3割のペースで落ち、10年で10分の1になったと振り返っています。当時は写真関連で売上の6割、利益の3分の2を稼いでいた時代でした。

富士フイルムが置き直したのは、中核能力の前提です。「写真フィルムをつくる会社」ではなく、フィルムづくりで培った技術を持つ会社として、自分たちを捉え直した。化粧品ブランド「アスタリフト」の開発では、写真の色あせを防ぐために研究していた抗酸化の技術が生かされたと、同社は説明しています。

2社の差は、変化に気づいたかどうかではありません。どちらも気づいていた。分かれたのは、どの前提を、どこまで置き直せたかでした。

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予想外の成功は、警報である

前提がずれ始めたことに、どうすれば早く気づけるのか。

ドラッカーの答えは、直感に反するものでした。予想外の成功を疑え。

彼は、事業の定義が有効でなくなったことを示すはっきりした兆候として、自社や競合の予想外の成功と、予想外の失敗の2つを挙げています。そして、予想外の失敗は予想外の成功と同じくらい重い警告であり、60歳の男性が最初に経験する「軽い」心臓発作のように真剣に受け止めるべきだ、と書いています。

予想外の失敗を真剣に扱うのは、分かりやすい。でも、予想外の成功まで警報だと言われると、少し戸惑います。

理由はこうです。予想外に売れたということは、自分たちの前提では説明できない何かが起きたということ。顧客が、自分たちの想定とは違う理由で買っている。前提のほうがずれている可能性がある。

ドラッカーは、アメリカの自動車業界を例に出しています。GMは、格下の競合だったクライスラーのミニバンや小型トラックの予想外の成功にもっと早く目を向けていれば、自分たちの市場と中核能力についての前提が、もう有効でないことに気づけたはずだ、と。

多くの会社は、予想外の成功を祝って終わらせます。「なぜか売れた」は、ボーナスとして処理される。でも、その「なぜか」の中に、前提のずれが埋まっている。

もう一つ、ドラッカーが強調していることがあります。継ぎ当てでは、決して治らない。 前提がずれているのに、戦略だけを手直ししても効かない。定義が古くなり始めた最初の兆候が出たら、3つの前提のどれが現実を正確に映しているかを、改めて問い直すしかない、と。

戦略を何度作り直しても空回りする会社は、たいていここで止まっています。直しているのが、前提ではなく戦略のほうだから。

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「うちは〇〇が得意」は、まだ本当か

最後に、いま起きていることに触れておきます。

2026年、いちばん速く崩れている前提は、おそらく中核能力の前提です。

調べることが得意。資料をまとめるのがうまい。分析ができる。長いあいだ、それは立派な強みでした。人を育て、時間をかけて身につける能力だったからです。

生成AIが、その多くを誰でも使えるものにしました。強みが消えたわけではありません。ただ、それだけで卓越している状態では、なくなりつつある。

ここで冒頭のねじれの話がそのまま効いてきます。環境の前提は、多くの会社がすでに更新しています。「AIで仕事が変わる」ことは、みんな知っている。でも、「うちが得意なのはこれだ」という中核能力の前提まで、同じ速さで更新できている会社は多くありません。

コダックと同じ形です。知っているのに、手放せていない。

あなたの会社で「うちは〇〇が得意だ」と言われているもののうち、来年も同じように言えるものは、いくつありますか。

***

前提だけでは勝てない。ただ、前提が同じなら差はつかない

ここまで前提の話をしてきましたが、言い過ぎないように書いておきます。

前提を正しく置いても、それだけで勝てるわけではありません。実行が伴わなければ、正しい前提も絵に描いた餅です。さっきの研究でも、業界や事業固有の要因をすべて足しても、利益のばらつきの4割以上は説明できていません。運やタイミングが占める部分は、確実にあります。

ドラッカー自身、明確で一貫した有効な事業の定義にたどり着くには、何年もの試行錯誤が必要だと書いています。前提を紙に書けば解決する、という話でもない。

それから、前提の見直しを頻繁にやりすぎると、会社の軸そのものがぶれます。前提は、疑い続けるものであって、変え続けるものではありません。

そのうえで、言えることがあります。

前提だけでは勝てない。ただ、前提が他社と同じなら、差はつきにくい。戦略の精度を上げる競争は、同じ前提の上では、いずれ横並びになる。長く続く差の源泉は、戦略の手前にある。

***

今週やること

1. 3つの前提を、1行ずつ書く。 うちは、何に対して対価を得ているか。何を成果とみなしているか。どこで卓越しなければならないか。書けないものがあれば、それ自体が発見です。

2. 3つが噛み合っているか、確かめる。 環境の前提だけが新しくなっていないか。「得意なこと」が、何年も前の定義のままになっていないか。

3. 見直しの合図を、1つ決めておく。 予想外の成功か、予想外の失敗が出たとき。そのときは戦略より先に、この紙を開く。

可能なら、1の作業はマーケと営業、あるいは経営と現場で、別々に書いてから見比べてください。 同じ会社なのに、書いてある内容が違うはずです。その違いこそが、会議が噛み合わない本当の理由かもしれません。

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点検してみてほしいこと

□ 自社が何に対して対価を得ているか、全員が同じ言葉で言える

□ 最後に「うちが得意なこと」を見直したのが、いつか思い出せる

□ 直近の予想外の成功について、なぜ売れたのかを分析した

□ 部門間の対立を、施策の問題としてだけ扱っていない

□ 戦略を作り直す前に、前提を点検する手順がある

最後の問いかけ

あなたの会社がいま実行している戦略は、どんな前提が成り立っていれば正しいのか。そしてその前提は、いまも成り立っているか。

***

僕がずっと「素材を編集して、場と意思決定を作る」と書いているのも、突き詰めると、この問いに行き着きます。どれだけ素材を集め、どれだけ上手に編集しても、その土台にある前提がずれていれば、立ち上がる意思決定もずれていく。

第2作の本で、僕は会議室で投げかけるたった一つの問いを書きました。今日の話は、その問いを戦略の手前まで引き下げたものです。

「その数字の前提は?」

戦略を議論する前に、一度、この問いを置いてみてください。

もし「うちは前提が揃っていないかもしれない」と感じたら、一度話しにきてください。部門ごとの前提を並べて、どこがずれているかを一緒に探すところから、お手伝いします。売り込みは、しません。

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📕 『設計と編集』シリーズ

「その数字の前提は?」という問いを軸に、意思決定を確率の構造として設計し直す本です。PDFで全文無料。

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散らばった数字に線を引き、判断とその前提を蓄積していくためのSaaSです。観測は読むだけ、決めるのは人。まずは無料の診断から。

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指標の仕分けから、判断が起きる会議の設計まで、経営の隣でやります。少数の会社に、深く。月50万円〜。

takehiro.yamaguchi@start-x.work

📚 ふだんの発信

Voicy「Business Growth Radio」:https://voicy.jp/channel/821417

ではでは。 — 山口偉大 / Yamaguchi Takehiro

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参考・出典

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