週20時間経営を支える、僕の「思考の地理OS」
多拠点生活と山籠りが、思考の質を上げる仕組み
こんにちは、山口偉大です。
今日はサポートメンバー限定記事として、かなり個人的で、同時にかなり実務的な話を書きます。
僕は、東京で人に会い、日本各地や世界各国などの旅先で違いを拾い、ときどき実家のある山梨に籠って考える、という働き方をしています。
多拠点生活と書くと、自由で軽やかな印象があるかもしれません。好きな場所で働き、自然の中でアイデアが湧き、旅をしながら会社を回す。SNSで切り取るなら、たしかにそう見える瞬間もあります。
でも、実際はもっと不便です。
移動すれば体力を使う。荷物は増える。Wi-Fiや電源を探す。いつもの机も、モニターも、生活のリズムもない。体調によっては、移動そのものが負担になる。場所を変えれば自動的に生産性が上がるわけでもありません。
それでも僕が場所を変えるのは、気分転換のためだけではありません。
同じ場所に居続けると、仕事の前提が景色に溶けて見えなくなるからです。
思考が詰まるのは、頭が悪くなったからではない。
同じ前提の中に長く居すぎて、前提そのものが見えなくなったからである。
病気で倒れたあと、僕は健康と集中の波を無視して働くことができなくなりました。
東京の速度だけに身体を合わせることも、長時間働いて帳尻を合わせることも難しくなった。
そこで、時間だけではなく、場所の役割を分けるようになりました。
東京は、会う場所。
移動は、距離を取る場所。
旅先は、違いを拾う場所。
山梨は、問いを寝かせる場所。
戻ってきた場所は、決める場所。
この分け方を持つようになってから、仕事量ではなく、判断の濃度で一週間を見るようになりました。
前回の限定記事「週20時間で会社を回す、僕の時間設計の全公開」では、意思決定に届かない時間を会社の中心から外す話を書きました。今回は、その外側にある「場所」を扱います。
時間を減らしても、同じ刺激、同じ通知、同じ関係性、同じ景色の中にいれば、思考は簡単には切り替わりません。
逆に、場所を変えても、チャットツールを開き続け、会議を詰め、旅先まで普段と同じ作業を持ち込めば、背景が変わっただけです。
多拠点生活の価値は、住所の数ではありません。
場所ごとに、思考の役割を変えられることにあります。
1. 同じ場所にいると、仕事は「近すぎて」見えなくなる
仕事は、近ければ近いほど理解できるように思えます。
顧客の近くにいる。現場の近くにいる。チームの会話をすべて見る。チャットツールもメールも会議も欠かさない。もちろん、現場を知らずに遠くから語るより、近くにいる方がいい。
ただし、近さには副作用があります。
毎日同じ会議に出ていると、その会議が必要かを考えなくなる。
毎週同じKPIを見ていると、そのKPIが目的に合っているかを疑わなくなる。
いつも同じ顧客と話していると、その顧客が市場全体を代表しているように感じる。
いつも同じチームで議論していると、社内で通じる言葉が顧客にも通じると思ってしまう。
近さは、情報を増やします。
しかし、前提を透明にします。
僕も東京にいると、仕事がよく進みます。人に会える。相談が来る。会話から情報が入る。新しい案件やニュースも速く届く。
街を歩けば、ブランド、飲食、音楽、ファッション、人の動きまで、いくらでも素材が入ってくる。
その一方で、東京に長くいるほど、すべてが重要に見えてきます。
この会議にも出た方がいい。
この人にも会った方がいい。
このプロジェクトも面白そう。
この流行も押さえた方がいい。
この返信も早い方がいい。
入力の密度が高い場所では、選択肢が増えます。
選択肢が増えると、判断しているようで、反応しているだけになることがあります。
2023年の技術を使った時間外労働に関するメタ分析は、89サンプル、39,085人を対象に、勤務時間外のテクノロジー経由の仕事が、心理的な切り離しと負の関連を持つと報告しています。心理的デタッチメントとの関連は−0.38で、仕事と生活の葛藤やストレスとも関連していました。
この研究が示しているのは、「スマートフォンは悪い」という単純な話ではありません。
仕事との接続が常態化すると、仕事を別の距離から見る時間が消える、ということです。
僕は日常業務の70〜80%をiPhoneで回したいと思っています。移動中に音声やテキストでメモを取り、資料を読み、チャットを仕分け、思考の素材を拾う。iPhoneは、場所を越えて仕事を持ち運ぶうえで欠かせません。
でも、持ち運べるからこそ、切る時間を決めないといけない。
すべての場所を「仕事ができる場所」にすると、どの場所にも思考を切り替える力がなくなります。
どこでも働けることと、どこでも働くことは違う。
前者は自由だが、後者は場所の意味を失わせる。
あなたの会社でも、これが起きていないでしょうか。
会議室が変わっても議題は同じ。
合宿に行っても、午前から通常会議。
ワーケーション先でも、チャットやメールに即レス。
経営オフサイトなのに、目の前の進捗確認で終わる。
場所は変わっている。
でも、注意の使い方が変わっていない。
それでは、景色を変えただけで、思考の前提は変わりません。
2. 多拠点生活は「自由」ではなく、認知にコントラストを作る
多拠点生活の話は、自由の話として語られがちです。
東京にも住める。地方にも行ける。旅先でも働ける。家とオフィス以外に、ホテル、カフェ、コワーキングスペース、実家がある。場所を選べること自体は、たしかに自由です。
でも、僕が実際に得ているものは、自由よりもコントラストに近い。
東京にいるだけでは、東京の速度は見えません。
山梨に行くと、東京で当たり前だと思っていた返信速度、会議の密度、情報量、人との距離が、急に一つの選択肢に見える。
反対に、山梨に籠り続ければ、静けさが当たり前になります。人に会わず、顧客の温度や市場の変化から離れすぎると、思考が自分の中で閉じることもある。
だから、一つの場所が優れているのではありません。
場所と場所の差が、見えなくなっていたものを浮かび上がらせます。
東京圏の2,603人を分析した2023年の研究では、複数の場所で働くことは、エンゲージメント、創造性、ウェルビーイングのすべてと正の関連を持ち、特に創造性との関連が最も強かったと報告されています。また、仕事と非仕事の両面で、場所の特徴に多様性があるほど、創造性との正の関連が強まりました。
ここは慎重に読む必要があります。
この研究は関連を示したもので、多拠点にすれば必ず創造的になると因果を証明したわけではありません。もともと柔軟性が高い人や、裁量を持つ人ほど、複数の場所を使っている可能性もあります。
それでも、示唆はあります。
大事なのは「好きな場所で働く」ことだけではない。
特徴の違う場所を行き来することです。
東京と山梨が同じ役割なら、二拠点である意味は薄い。
両方で一日中会議をし、両方で同じ資料を作り、両方で同じ通知に反応しているなら、住所が二つあるだけです。
僕が以前書いた「多拠点で働くと、本当に大事な仕事だけが残る理由」では、多拠点は自由ではなく、仕事を選び直す制約だと書きました。
移動があると、全部は持てません。
外部モニターも、資料の山も、すべての予定も持ち運べない。体力にも時間にも限界がある。だから、何を持っていくか、何を置いていくかを決めざるを得ない。
その制約が、仕事の持ち物検査になります。
多拠点生活の価値は、場所を増やすことではない。
場所が変わるたびに、自分の仕事と前提を選び直せることにある。
センスについて書いた時、センスは「選択の履歴」だと整理しました。
多拠点生活も同じです。
何を東京でやるか。
何を移動中に考えるか。
何を山梨まで持ち込まないか。
何を帰ってから決めるか。
この選択の反復が、場所を思考の道具に変えます。
3. 山は答えをくれない。使いすぎた注意を、少し返してくれる
山籠りという言葉には、少し神秘的な響きがあります。
自然の中に行けば、頭が冴える。
森を歩けば、アイデアが湧く。
静かな場所なら、本質が見える。
僕自身、山梨に籠ると、東京では見えなかった問いが見えることがあります。
ただ、自然を魔法として語りたくはありません。
2025年に公開された、自然接触と注意回復に関するメタ分析では、80研究、273の個別結果が検討されました。自然環境は非自然環境より、全体として認知回復に良い傾向があり、11の認知領域のうち、ワーキングメモリと注意制御では比較的信頼できる効果が確認されました。自然接触は約30分の時に差が大きい傾向もありました。
一方で、効果量は全体として小さく、研究間のばらつきも大きいとされています。
つまり、自然に行けば誰でも天才的な判断ができるわけではありません。
自然ができるのは、答えを与えることではなく、使い続けていた注意資源を少し戻すことかもしれない。
2012年の有名な研究では、電子機器を使わず自然の中で4日間過ごした56人が、創造的問題解決テストで50%高い成績を示しました。
ただし、研究者自身が限界として書いています。
効果が自然によるものか、テクノロジーから離れたことによるものか、集団で数日間ハイキングした他の要因によるものか、切り分けられない。
僕は、この限界こそ重要だと思っています。
山の力と、通知を切った力を、無理に分けなくていい。
実際の山籠りでは、自然、移動、画面からの距離、いつもの人間関係からの距離、生活速度の変化が同時に起きます。
それらが重なって、普段とは違う認知状態を作る。
山籠りが思考を深くするのではない。
山籠りによって、普段の思考を浅くしていたものが一時的に外れる。
ここで、山に行けない人もいると思います。
もちろん、山である必要はありません。
公園でも、川沿いでも、知らない街でも、ホテルでも、図書館でもいい。重要なのは、いつもの刺激から離れ、注意の向きが変わることです。
スタンフォード大学の研究では、4つの実験を通じて、歩行中とその直後に創造的な発想が高まり、ある実験では座っている時より平均60%多く創造的な出力が生まれました。屋外だけでなく、屋内のトレッドミルでも効果が見られたため、自然だけでなく、歩く行為そのものも関係している可能性があります。
大事なのは、「山梨に行くこと」を模倣することではありません。
自分の注意を、どんな環境なら別の使い方に戻せるかを知ることです。
僕が山梨に拠点を持った最初の頃も、いきなり良いアイデアが増えたわけではありません。
むしろ最初に起きたのは、眠る時間が増えたことでした。東京の家を手放し、実家のある山梨を、健康を保ち、思考を切り替える場所として使い始めた。情報から遅れる不安も、人との接点が薄くなる怖さもありました。
でも、しばらくすると、ひとつのことを途中で切らずに考えられる時間が戻ってきた。
会議の直後に別の会議へ移らない。書いている途中で移動しない。何かを決める前に、一晩置ける。そうした小さな変化が積み重なりました。
その時期から健康状態が持ち直し、事業も伸び始めました。もちろん、山梨に行ったことだけが原因だとは言えません。仕事の絞り方、顧客との関わり方、AIや外部パートナーの使い方も同時に変えています。
ただ、自分の中では一つの確信が残りました。
経営者の生産性は、時間の量だけでは決まらない。判断の質で決まる。そして判断の質は、身体の状態と、結論を急がなくていい余白に強く影響される。
深く考える場所とは、立派な答えが出る場所ではない。
答えを急がなくても、自分を責めずにいられる場所である。
この感覚が、多拠点生活を「働き方のスタイル」ではなく、「判断を守る仕組み」として考える出発点になりました。
4. 離れるだけでは足りない。「発酵」と「逃避」はよく似ている
ここで、少し厳しい話をします。
場所を変えれば思考が深くなる、という話は、簡単に逃避の正当化になります。
会議が嫌だから山へ行く。
人間関係が面倒だから旅に出る。
数字が悪いから、長期構想を考える。
目の前の顧客に向き合いたくないから、未来のビジョンを書く。
これでは、距離を取っているのではなく、現実から離れているだけです。
発酵と逃避は、外から見ると似ています。
どちらも、すぐに答えを出さない。
どちらも、一人になる。
どちらも、日常から離れる。
違いは、戻る設計があるかです。
僕は、旅や山籠りを仕事の成果に回収しすぎたくありません。すべての散歩をアイデアに変え、すべての食事をコンテンツにし、すべての移動に生産性を求めたら、生活は仕事の植民地になります。
何も生まれない時間にも価値があります。
ただし、経営や顧問・アドバイザリーの判断のために場所を変えるなら、戻ったあとに何を決めるかは置いておく。
旅先でアイデアを100個増やすのではなく、帰ったら何を一つやめるかを決める。
山で完璧な戦略を作るのではなく、戻って誰に何を確かめるかを決める。
場所を変える前に問いを置き、戻ったあとに現実で検証する。
この往復が必要です。
問題解決における「インキュベーション」のメタ分析では、いったん課題から離れることには平均的に正の効果があり、特に発散的思考で効果が大きいと報告されています。
しかし、ただ放置すればいいわけではありません。
考える対象が曖昧なら、寝かせても何も発酵しない。
素材が入っていない冷蔵庫から、料理は出てきません。
問いのない休息は回復になる。問いのある休息は、回復に加えて発酵になる。
どちらも必要だが、役割は違う。
場所を変える前に、問いを一つに絞る。
答えを出すのではなく、問いを持って移動する。
それだけで、旅先で拾うものが変わります。
最近、自分のXでも
「余白がない人は、いい企画を思いつけない」
「東京と地方を行き来すると、同じ仕事でも重く見えるものが変わる」
といった話を書いてきました。
関連するSNS投稿を広く見ても、創業者向けリトリートでは
「速度を落とす」「電話を置く」「自然の中で立ち止まる」が繰り返し語られています。
一方で、戦略オフサイトの実務者からは、予定を詰め込むほど会話が表面的になり、非同期で済む共有は事前に外した方がいい、という指摘も出ています。
SNS上の言説を並べると、多くの人が必要としているのは、景色のいい場所ではなく、
反応を止めてもよいという許可なのだと思います。
ただし、そこで終わると「いい時間だった」で消える。
僕がこの記事で加えたいのは、休む技術の先にある、戻る技術です。
問いを持って離れ、答えを急がず、帰って検証する。
この往復があって、余白は経営判断に接続されます。
(参考:https://x.com/yamaguchi_take/status/2057061273985302780 )
(参考:https://x.com/yamaguchi_take/status/2062911067760828713 )
(参考:https://www.linkedin.com/posts/bejaymulenga_leadership-regenerativegovernance-founderretreat-activity-7351547056856932352-JHk1 )
(参考:https://www.linkedin.com/posts/stephanieberger1_youre-organizing-the-next-strategic-retreat-activity-7305139186645254145-gHhF )
5. 多拠点の本質は、「入力・距離・発酵・帰還」を分けること
ここまでを、一度まとめます。
場所を変えることで思考の質が上がるとすれば、それは次の4つが分かれるからです。
入力:人、市場、顧客、街から素材を得る
距離:いつもの関係と刺激から少し離れる
発酵:問いを急いで結論にせず、つながりを待つ
帰還:現実に戻し、意思決定と検証に変える
多くの会社や個人は、この4つを同じ机で同時にやろうとします。
会議をしながら考える。
チャットツールを見ながら書く。
顧客の声を聞いた瞬間に施策を決める。
思いついた案を、その場で実行に移す。
速いように見えます。
でも、入力と判断が近すぎると、直近の声に引っ張られる。距離がなければ、既存の前提を疑えない。発酵がなければ、最初に思いついた案を本質だと思いやすい。帰還がなければ、良い気づきが個人のノートで終わる。
思考の質は、頭の中だけで決まらない。
入力、距離、発酵、帰還を、どんな場所と順番に置いたかで決まる。
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無料パートでは、なぜ場所を変えると見え方が変わるのか、その構造まで書きました。
ここから先は、サポートメンバー向けに、僕が実際にどう場所を使い分けているかを開きます。
東京、移動、旅先、山梨、帰還後の役割分担
「思考の地理OS」という4段階フレーム
山籠り前24時間から帰還後24時間までの実務手順
山に持っていく資料と、持ち込まない情報
支援先で「考える場所」を変えた時に起きた変化
20項目の自己診断チェックリスト
そのまま使える山籠りブリーフ、問いメモ、帰還メモ
多拠点生活が逆効果になる条件
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